人生後半どう生きるか

人生後半は孤独になる!?その2

人生後半は“終わった人”に流れてゆく(再確認)

べんちゃん
べんちゃん
人生の後半の「孤独」の続編よ

今は高齢者にとって心の豊かさを保つのはとても難しい時代です。

更に、国の年金制度が揺らぎ高齢者の負担も増して先々も不安です。

引退しても名誉があって下の者たちから尊敬を集める人はたまにいるでしょう。

でも、ほとんどの人は終わった人です。特にサラリーマン世界がそうですね。

その事はまず、誰も言ってくれません。自分で気づくしかないのです。

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ふくろく爺
ふくろく爺
気づけたなら、しめたものじゃ</span><span style=”letter-spacing: 0.8px; font-size: 1em;”>

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時間を活用しているか

今の高齢者の世代を見てみると、時間をつぶしているか活用しているか、その違いが分かります。

ほとんどが時間をつぶしているだけ

定年後の過ごし方とググってみても、多くの高齢者は図書館、公園、病院で過ごしている事が分かります。

私の通っているスポーツクラブにも、多くの高齢者がきています。それぞれが顔見知りになり、それなりに楽しくしているようなのですが、ロッカーやサウナの会話を聞いていると、段々そのバックボーンも見えてきます。

要は、家に居る時間を短くするための策なのだ。という事が分かります。

多くの人が会社という行き場所がなくなり、家では女房の目が気になる。それで仕方なく外へ出る人もいるわけですよね。

お金ももったいないので公園や病院に行ったりするわけです。スポーツクラブもコスパはかなり良いです。

一方、時間を仕事に充てる人もいます。そこにはどんな仕事があるのでしょうか。

できれば長年培った知識やノウハウを生かせる仕事が一番です。でも、そんな仕事、めったにありません。

翻訳や通訳、パソコンなどの仕事はたまにありますが、これも今までしてきたレベルからすればかなりランクの落ちる作業になっているはずです。それでもいい方です。

ほとんどは単純労働、例えば掃除、管理人、配送、などに落ち着くと思われます。

時間が余って仕方ないとか、必要に迫られてやっている人も多いでしょうか、それも含めて時間をつぶしているー無駄にしているととらえて良いと思います。

夢の実現に向かっても時間をつぶす事になるかも

これに対して、目的をもって活動している人たちがいます。

行方不明の子どもを発見した78才のあっぱれボランティアさんがいました。こんな立派でなくともよいです。

現役時代には出来ない仕事をやってみるとか、好きな趣味に没頭するとか。

持ちたかった自分の店を構えたりとか、世界一周旅行をしたりとかでもいいです。

時間を無駄に過ごすよりは、少しは良さそうですよね。でも、先々を見すえてないと同じ時間つぶしの生き方になってしまうのです。

店を持ってしまって、それが開店休業状態だったら、世界一周も終わってしまったら、また時間が有り余ります。

そして夢が実現していても同じような事があります。

私はインドネシアのバリ島で、退職金で家を借り上げ住み着いた夫婦に会った事があります。一時かなりもてはやされた定年後のロングステイひとつの生き方、海外ロングステイです。

もともと旧通産省が推し進めてものですが、脚光を浴びなくなった今も相手の国に基準額の預金を見せればロングのビザがもらえるので、それを利用している人は今も少なからずいます。

さて、その夫婦。10年暮らしたら日本に戻る事が決まっているそうですが、1年目で早くも日本が恋しくなっているようでした。何もする事がないというのです。

定年後はバリ島で優雅に暮らす・・・。確かに、物価は安いし気候は良いし暮らしやすいのですが、それも慣れるとそこから先が問題というわけです。

日本人会もあるでしょうし、飲み会やパーティ仲間だって作ろうと思えば作れるはずです。でも、それにはそのご夫婦は興味がなかったのか。もしくは節約志向だったので出費を減らしたか。

公園で時間をつぶす人とバリ島で優雅に見える生活をしている人の共通点が見えますよね。時間がありあまるのです。

そして、もうひとつ。

若いころにあった、周囲からの必要性がなくなっている事です。

人から必要とされれば充実する

会社で仕事中心に生きてきた時は、それなりに立場があり、責任もあります。しかし、嘱託や定年で失うのは自分の価値です。子供が育って親の必要性も薄くなります。

やる事がなくて居場所がなくなるのもそのためです。

ネットの世界ならば、これを、新たに作りだすことができるというわけです。

自分の存在を作る

まずは自分を振り返る

60年間生きてきて、それぞれ人には歴史があり、思いがあり、何かしらのテクニックを身に着けているはずです。仕事で培ったノウハウ、家庭の中で得た知識、こだわった趣味、いろいろあります。

周囲に話せばうるさいオヤジだと思われる事も、広く全国を見れば、それが本当に必要な人がいるかもしれません。もし、そのような人に届けば、その時、その知識が活きます。生きてきた証が次につながるわけです。

現に、そうしている人も既に数多くいます。

たとえば、長年タクシーの運転手をしてきた人なら、その心得が様々あるでしょう。おつりの払い方、ドアの開け方、道路の流し方。長年板金工場で働いてきた人ならその極意が必ずあるはずです。道具の置き方、車のボディをたたくコツ。

仕事以外でもいいです。自分が発見したおいしいコーヒーの淹れ方、手間の省き方など、細かなコツって何をするにもあるものです。

それをまずは残すという目標を立ててみてもいいかもしれません。

散歩が好きなら、歩きながらその様子を映してみるのです。

それが誰かの役にたつかもしれないし、楽しんでみるかもしれないのです。

見てもらうだけでも、必要とされたり喜んでもらったり。そこに自分の存在意義がでてきます。

本のどこかに同じ意識を持つ人が現れてくるかもしれません。そこにつながりができます。同じ意識を持つ人とつながれるのがインターネットの強み、現実の世界ではなかなかないものです。

YouTubeならばお金も稼げる

ブログという手もありますが、今のお勧めは動画。特にYouTubeです。

YouTubeは誰もが参加できる動画投稿サイトです。人気動画があればスポンサーがついてお金がもらえるというものです。

そのギャラ。人気が出れば億を超えます。そして、それを目指して多くのYoutuberが出てきて次々に面白動画や動物映像などを投稿しているわけです。

そして今年、いよいよ日本にも5Gが開始されて本格的に動画時代がやってきます。テレビや新聞などの既存メディアの広告費を確実に引き離してインターネットビジネスにお金が投入されてくるのは確実です。

自分が動けなくなっても稼げる

一度アップした動画は、見る人が増えれば広告収入が入ってくるわけですが、その動画が年を重ねても価値のあるものだとしましょう。

例えば、特製肉ジャガの作り方、とか、使った紅茶の葉っぱを再利用方法、などは5年後でも10年後でも価値がありそうです。一方、今の大領領についてや新型iphoneなどの話は古い話になります。

これは10年後もそうするとその動画はそのまま残り、10年後も20年後もお金を稼いでくれるのです。

もし、映像アップが習慣化できて、毎年100本上げられるようにすれば、それはちりも積もれば山となります。そう、それこそ体が動かなくなった時のための、老後の安心材料にもなるのです。

 

今の人たちは、そうやって欲しい情報を手に入れてもいるのです。例えばタクシーの運転手を始めた人ならば、売上の上がるタクシーの運転テクニックの情報が1000円で得られるなら飛びつくでしょう。

鈑金の工具の手入れの仕方を事細かに説明したビデオをアップしたら、工具のメーカーから宣伝依頼が来るかもしれません。

YouTubeにはありとあらゆる情報があります。紐の結び方、風呂敷の使い方、ポテトチップの食べ方。

それを誰が見るのだろうという動画もたくさんあります。

でも、世界にはそれを今まさに必要としている人がいるかもしれないのです。

何をするにもコツというものがあります。それを出すだけで、どこかの誰かにとって役にたつかもしれないわけです。

シニア世代はノウハウの塊。それを世に出すだけで必要とされ、また、お金が得られる。目標もできると人の見る目も変わります。

家の中に居場所ができるかもしれません。それでも家にいられなかったら、お金を稼いで家の近くにアパートを借りて自分のスタジオを作るという目標を立ててもいいかもしれません。

何より、ネットを通じてではありますが、人の役に立つことができるし、同じ意識の仲間も集まるかもしれません。