人生後半どう生きるか

人生後半は孤独になる!?

誰もが孤独なのかも

べんちゃん
べんちゃん
今日は人生の後半に起きる問題を取り上げたいと思います

ふくろく爺
ふくろく爺
こんにちは。老害ジィです。

後半人生を語るにあたり、老害らしく余計な事をバンバン言っていこうと思います。

まず、テーマは孤独です。

私自身は、そう、自分の孤独感を感じています。それは、ずっと前からなのです。性分を言ってもいいでしょう。

その視点で見ると、誰もが似通った状況にあります。違っているのは、それを悲観しているか気にもしていないか、その差なのだな、と分かってきたのです。

そして気づいたことは、今の日本では誰もが孤独に陥りやすい仕組みなのだろうという事です。

前半ではその原因をさぐり、後半ではぬけ出すにはどうするか。という事について語ります。

ふくろく爺
ふくろく爺
これを知ることが道をひらくための入り口じゃの

誰もが孤独感が来る仕組み!?

シングルの場合

シングルの事情は色々あります。出会いがなかった、経済的に難しかった、結婚に失敗して離婚した、などなど。

また、もともと結婚を望んでいなかったという人も少なくないでしょう。

でも、総じてその後は寂しいと思うようになる人も多いことでしょう。で、その理由はシングルだから、となりそうですよね。

でも、ちょっと待った!です。

私のまわりの人たちは、結婚していても寂しい人が多いのです。それが、今回のポイントです。

子どものころ、家族がいても寂しいと思うことはなかったですか?たくさんの友人に囲まれていても置いてきぼりみたいな感じもあるでしょう。

べんちゃん
べんちゃん
孤独になるポイントはそこではないのね

ふくろく爺
ふくろく爺
原因は”必要とされなくなること”ではないか?

家族がある場合

結婚当初はお互い若く、そして子供が生まれたりすれば忙しくもなり、孤独など感じる暇もないかもしれません。

でも、子供が育ってくると、否応なく訪れるのが子供の親ばなれ。

小さい頃は100%こちらを向いていたのが、大きくなるにつれて自分の世界を持ちはじめます。

そこは大人の入れない世界で、友達などが第一になってきます。

今の時代、それがネットの中という事もあるかもしれません。いずれにしても、多くの子どもが親の入れない世界を持ち始めるのです。

そして、更に大きくなると親がウザくなってきたりします。

私は3人の娘の父親です。小さい頃、かわいがっていた頃から、いずれ父親なんて嫌われてしかるもの。そう思っていました。そして、それはその通りになりつつあります。

ふくろく爺
ふくろく爺
高齢化の一面もあるじゃろ

かつては長寿を祝い、年を重ねる事をめでたいとした風習がありました。長老は、生き字引などと言われ相談相手として、したわれてもいました。

でも今は、昔と違います。情報はあちこちに散乱し、誰もがネットで最新の情報を手に入れる事もできます。

長老の持っていた“経験”についてもググれば出てきます。

親の威厳もなくなりました。教師も格が落ちています。特に学校では生徒に厳しく当たることもできなくなりましたし。

これは核家族化、高齢化社会の一面でもあるのでしょう。

それは世界的に見てどうなのでしょう。韓国では、日本よりも目上の人を敬ったり、中国でも家族や親せきのつながりは日本より強いようです。

果たして、日本では目上の人をうやまう風習がなくなり、じゃま扱いすることも日常的になってきたのです。

会社員の場合

そして、それは社会ではもっと厳しくなります。定年と年金の関係を見てみましょう。

国は定年延長を求めています。年金受給開始まで何とか雇って欲しいと思っているからです。現在、国民年金の受給は65才からですが、これがさらに引き上げられる流れですよね。

べんちゃん
べんちゃん
押し付けられる企業はたまったものじゃないわね

ふくろく爺
ふくろく爺
国の施策は会社の迷惑なのじゃ

できれば高齢者ではなく若い人を雇いたいのに、国の制度で切れないうえに、更に長く雇えというのです。

そこで、多くの企業では定年延長はせず、その代わりに再雇用や嘱託制度を導入しました。一度定年にしておいて、給料をぐっと下げて一応雇っているという形にするものです。

ものの本によれば、受給開始が伸びれば、更に薄く長くするという方向になるだろうとも言っています。

国と企業の構図。企業の本音は高齢者はできれば切りたいのです。でも切れない。ならば辞める方向で考えて欲しいと考えるのは自然な事です。

定年自体を引き上げない一番の理由はそこです。

つまり、役職を与えない、今まで部下だった人間が上司になる、責任のない作業的な仕事を与える。あえて取引先など社内外の人間から必要とされないポジションにするわけです。

ふくろく爺
ふくろく爺
尊厳を奪うってわけじゃ

私の会社では、更に55才の一時定年というものを設けていました。役職が解かれ、平社員に戻るという役職定年の制度です。

定年前にその制度で尊厳を奪う事により、なるべく早く辞めてほしいとの意識の表れと考えて良いでしょう。

定年まで居られると、年功序列で高くなった給料ももったいないし、退職金もかなり高額になってきますから。もっと露骨にしたのが早期退職ですね。

国の、従業員を守ろうとの制度は有難いものですが、そこには企業のしがらみが出てきて、否応なく必要とされない人間に仕立てられてしまうのです。これは企業を責めても仕方ありません。

べんちゃん
べんちゃん
まり、日本の制度の裏の面なのね

ふくろく爺
ふくろく爺
後半は孤独を味わせる仕組みになってしまっているのじゃ

孤独感をなくすために

ここで、ちょっと私自身の話をします(^^;)

結婚が遅かった私は、子供が生まれて将来的なお金の心配があり、年金などの計算をしました。

そして驚いたのが、生活がかなり下がるということでした。教育費などは到底出せません。

面白い事に、それは私だけではありません。日本中の多くのサラリーマンが将来その問題にぶつかると判ったのです。

まあ、そこは今回の議題からはずれるのでまたにします。

それがお金の問題。そして、社内を見ていて50代や定年後でも元部下の下で責任の薄い作業的な仕事に携わっている事でした。

これは、私には精神的にも状況的にもできない。それで、別の方向を考えるしかありませんでした。

まず、定年のある会社にいてはまずい事に気づきました。

雇われる形だと高齢になった時はかえって不安定、いつ切られるか分からないという事もあります。

ふくろく爺
ふくろく爺
国と会社のレールに乗っていてはダメだと気づいたのじゃな

べんちゃん
べんちゃん
自分と家族の将来を維持することはできないものね

そこで事業を立ち上げることを考えはじめました

フランチャイズの説明を聞いたりネットショップのセミナーに参加したり。実際に会社を辞めて事業化するための動きもしてみました。

最初は副業から考えようとしたのですが、どうにもうまくいきません。

同時に成功者の方々に話を聞いていたのですが、やはり背水の陣で臨まないといけない、少なくとも自分はそうだ。との思い至り、辞表を提出します。

そして、様々な事をやってみます。

そしてネットに行きついた

その間、数年間。実に多くの経験をして様々な人たちに会って色々分かりました。それはひとつひとつ長いので、それはまたの機会にお伝えします。

一時期は駆け込み寺にお世話になった事もあり、そこでたくさんの孤独の人を見ました。そこで得た事は、ほとんどの人が孤独を感じているという事です。

そして行きついたのがネットの世界でした。

様々な世界を見てきたからこそ言えること。

人生後半、孤独にならないための鍵はネットの世界にある

でした。家族や社会の流れで訪れる寂しさ、孤独感。これはネットに世界を求めてゆけば、道が開ける可能性が高いという事です。

そのヒントがYouTubeの中にたくさんあるのですが、そこから掴んだ事を次にお話しします。