記憶術あれこれ

シンガポールの歴史で日本の英語の未来を占う

・カタカナ英語が日本を救う(!?)

書評第3弾としていますが、もはや書評の域は離れているかもしれません。

でも、間違いなく「怖いくらい通じるカタカナ英語の法則」池谷裕二 著 講談社 刊 を読んで考える延長なのです。

池谷先生の理論によりパズルのピースがはまってゆく感じです。

日本では一生懸命アメリカネイティブの英語を教えています。池谷先生は、それ自体無意味だ、くらいにおっしゃっています。語学の才能のある一部の人しか達成しえないというのです。

私の周囲のビジネスマンはネイティブ発音をあきらめて堂々とカタカナ語を話しています。トヨタ自動車の豊田社長の発音も私にはカタカナ語に聞こえます。

それは言葉を変えれば日本なまりの英語です。逆に言うと、日本人には日本なまりの英語しかしゃべれないし、それでないと普及しないのかもしれません。

それぞれの国では皆、英語の発音が異なります。インドはラ行の強い巻き舌発音だし、韓国はパッチム発音。もともとアメリカとイギリスも発音が違います。それは脳の中の構造による現象だったというのが、この本で分かったわけです。

日本は英語がアジアの各国に比べ遅れています。そして2020年に学習要領も変わり小学校3年からと開始年齢も引き上げられました。それは9歳の壁のちょうどギリギリのところです。9歳の壁とは、脳の言語野ができるかどうかの境い目です。詳しくはこの本に書かれています。

そのあと、日本がどうなってゆくか。その未来は世界を見れば見えてきます。それを占うために、シンガポールの語学政策で何が起こったか。それを見てゆきたいと思います。

・シンガポールとは

シンガポールはアジアで唯一国の公用語として英語を認め全国民が英語を学ぶ教育をしている国です。Wikiではインドも公用語として記載されています。でも実際には憲法上の公用語は唯一ヒンディ語。その後、法律で官公庁の共通言語としただけで教育現場では強制はされていません。

国土は東京都23区を少し大きくした程度。600万人弱の国民の74%が中国系、13%がマレー系、9%がインド系で構成される他民族国家です。

そして全国民が英語を話します。その教育のおかげもあり、今では一人あたりGDPが世界第二位となり、押しも押されもしない経済国家になったのです。

それは、天才的な指導者リー・クアンユの強権的な政策によるものでした。その独裁的な政策は、民衆を語学でも苦しめる事になるのです。そして生まれるのが独特な言葉です。

シンガポールの語学の歴史

長い間イギリスの植民地だったこの地域。マレーシアの一部だったこの地域が1963年に独立します。

当時は人口も180万人程度。そして資源もない。そんな国が急に独立する事になり、リー・クアンユーが初代首相になります。

もともとマレーシアやシンガポールの地域では、言葉はバラバラでした。それは村社会。家でも学校でも、それぞれの民族の言葉です。インド系でもこちらではヒンディ語、あちらではウルドゥー語などバラバラ。中国系も同様で、福建語や広東語など多くの方言が使われていました。

これをまとめるのに英語を使う事にしたわけですが、これが実は大変な事。英語はアジア各国で植民地時代の負の遺産です。一部のアジアで日本統治時代が嫌われている事と同様なのです。だから公用語を英語にすべきと分かっていても民意を踏まえたら公用語にはなかなかできないわけです。アジア各国が英語を公用語にできない理由はここにあるわけです。

そんな国民感情がある中で英語を公用語にするなど、独裁的な力でなければできません。中華系の家系ながら英語で育ったリー首相。村の仲間とは福建語を使っていたそうですが、それも片言。実際には英語しかできなかったようです。

そして、英語ができたからこそロンドンで高等教育を受けられた自身の経験があり、国の発展には英語が不可欠と思ったそうです。でも、その先見性は中国語でも見られるのです。

公用語は英語、マレー語、タミル語、北京語の4言語に定めました。教育では英語を必須とし、それ以外に民族の言葉を選択する方式です。民族ごとの民意を尊重したように見えるのですが、ここでも強権が発動されています。

中華系も多数の言葉が存在していました。人口構成では福建語が一番多かったそうです。その他に広東語や客家語、海南語など数多くの方言がある状態でした。その中で、国民の構成比わずか0.1%の北京語を公用語と定めたのです。

リー自身は福建語まじりのマレー語で友だちと交流していたようです。要は福建語なのにも関わらず北京語を選んだのが、明らかに中国との関係を見たというわけです。今の時代になり北京語が公用語である事は中国ビジネスにも大いに役立っているわけです。

その一方、インド系ではインドの公用語であるヒンディ語にはしませんでした。でもインドのビジネスは英語が基本になっています。これは現代のビジネスを見越していたのか、それとも偶然なのかは分かりませんが、とにかくすべての語学政策は未来にあてはまっていたのです。

しかし、これはなかなかうまくいきませんでした。

二か国語の教育において、明らかに言語能力が劣るという問題が浮上したのです。どちらの言語も中途半端になってしまったという事で、今度は英語を第一に習得させる策に出たのです。第二言語は後回しというわけです。

これも強権発動です。とにかく英語を。という強制です。

その中途半端な英語というのがカタカナ英語のシングリッシュです。シンガポール・イングリッシュの略です。

それまで自分の村社会や家庭で通じれば良かったものが、教育だけではなく経済社会に巻き込まれます。言葉の通じない者どうしが交流をしなければならない環境にもなったわけです。

語学の吸収の悪い、すなわち英語難民だろうが関係なく、共通言語として英語を使わなければいけない状況。それは、単語の意味だけ覚えてまずは意思疎通を図る事になります。

シングリッシュとは

その特徴。発音は英語のネイティブ発音は使わず、文法も複雑な変化をさせない形です。

たとえば、3人称単数のsがつかない。I get three pen. です。

過去形も未来形の変化もない。過去形metを使う場面でもI meet him. です。

are や am も省略する。You Japanese です。

疑問形もDo you ~を使わない。You Japanese,ma? 「あんた日本人、なの?」という感じです。

語学の才能があろうがなかろうが、生まれ育った言語と違う英語を使わなければいけない状況。この強制の中で生まれたのが文法マル無視、カタカナ発音の英語なのです。逆に言えば、これだからこそ英語が浸透したとも言えるのです。

池谷先生のカタカナ英語の本を読むと、シンガポールの国民の脳の中で何が起こり、そしてなぜシングリッシュが生まれたか。少なくとも発音に関しては、その状態が手に取るようにわかってくるのです。

その中で、日本の書店に並ぶ英語の本は語学の才能がある人向けとありました。でも、才能のない人は脱落して英語から離れてゆきます。

池谷先生の本はアメリカ英語に近づくカタカナ語です。それとは方向は少し違いますが、カタカナ英語こそが日本を救うかもしれないという思いは徐々に強くなっています。

是非読んでいただきたいです。

 
↑ここから中古本も買えます。